解体成功
    
「頼むよスズキちゃん……君だけが頼りなんだ」
 自分より年上の男性に拝み倒されて、私は溜息を吐いた。
「そりゃ構わないですけど、でもそろそろ自分でなんとかすること憶えないと」
「わかってるんだけどさ、今月は賞与の査定にも引っかかってるからどーしても確実に行きたいんだよ」
 目の前に差し出された封筒を見て、私はもう一度溜息を吐いた。
 ここは介護福祉施設「さんずおぶりばーてぃ」の職員用食堂。
 何故職員でもない私がここにいるのかというと、すべてはこの封筒−−表面に「給料明細」と書かれている−−が原因なのだ。
 この施設も、給料の支払い方法は一般的な企業と変わらない。銀行口座への直接振込制を取っている。計算方法だってちゃんと労働基準法に則っている(筈)。
 では何が問題なのか。
「……うーん……まあ、他ならぬ先輩の頼みとあれば」
「引き受けてくれる? よかった。このお礼は必ずするからさ」
 私の前で深々と頭を下げているのは学生時代の先輩。この施設で介護職員として働いている。
 私は「給料明細」の封筒を先輩から受け取った。
 普通なら、明細書が一枚入っているだけのそれは、やけに分厚く、重い。
 この明細封筒が他の企業と異なる点。それは……。
 
 爆弾が仕掛けられているのだ。
 
 冗談なんかじゃない。本当の話なのである。
 爆発させないためには爆弾を解体する必要があり、給料日にはあちこちで職員が爆弾解体に躍起になっている姿を見ることができる。
 しかし実際の爆発力はそんなに大きくはない。せいぜい髪が逆立って全身煤まみれの「爆発コントのオチ」状態になるくらいだ。一瞬の衝撃とちょっぴりの羞恥心さえ凌げばそんなに怖がる必要もない。
 なのに皆、必死になって解体に励んでいる。
 それもそうだろう。怖いのは爆弾そのものよりも、「爆発させたら次月の給料一部カット」という暗黙の掟のほうなのだから。
  
 そんなシステムを取っている企業なんて聞いたことがない。
 
 でもここはちょっぴり特別なのだ。
 
 施設長は失脚した元市長で、職員にも癖の強い人物が多い。好物は人の生き血という噂のある人物やら通称「懸賞キラー」という女性やら……。
 そもそもその「爆弾仕掛けの給料明細」も、経理主任の純然たる趣味だという噂があるから質が悪い。
 何でも「世の中何が起こるかわからない。爆弾の一つや二つ、解体できて当然」というコンセプトから、給料査定の一環となってしまっているらしいのだが、この経理主任が自称「爆発のアーティスト」とか(まるで20世紀に活躍した画家のよう)名乗っているところから考えても、やはりはた迷惑この上ない趣味としか思えないのだ。
 
 では、そんな危険な「爆弾仕掛けの給料明細」を預かった私とは何者なのか。
 
 実は私、こう見えても爆弾解体のプロなのである。
 
 もちろん、望んで手に入れたスキルではない。
 爆弾マニアのストーカーから送りつけられる様々な爆弾を命がけで解体するうち、いつの間にか身につけた技術であった。
 爆弾は、本当に種々雑多なものに仕込まれていた。
 身近なものではみかんやカセットテープ、携帯電話。
 実家のこたつや差し入れ弁当に仕掛けられていたこともあった。
 アイスコーヒーに仕掛けられていた爆弾なんて、殆ど分子サイズだ。
 しかもそれらすべて、半端ではない爆発力を秘めていたのである。
 でもそれも過去の話。私と同じように爆弾を解体させられていた女性の体内の爆弾を最後にストーカーは姿を消した。そして私も、爆弾とは縁が切れたと思っていたのだ。
 ……先輩に泣きつかれるまでは。
 
 私はバッグの中から爆弾解体に必要な道具を取り出した。
 まずはじっくりと封筒を観察。特に怪しいところもないので、思い切ってセロハンテープを剥がしてみる。
 意識の隅に、何かが引っかかった。
 聞き覚えのある微かな……しかしとても規則正しい、音。
 爆弾の時限装置が動き出したのだ。
 ゲーム開始、である。
 
 封筒から中身を取り出す。中から出てきたのは文庫本サイズの金属の箱。厚さは2センチ強。
上蓋を止めているネジ穴にドライバーを差し込み、そっと回す。その途端、異常な気配が立ち上った。
 緊急起爆装置が作動したのだ。時限装置のタイマーが超短時間のものに切り替わるトラップである。
 こんな序盤に仕掛けるなんて……。
 爆発まで20秒もない。私は大急ぎでドライバーを回し、4つのネジを全て取り去った。
 同時に、緊急起爆装置が止まったのがわかった。
 見えた訳ではない。気配でそう感じるのだ。
 ストーカーとの確執は、私を特異体質の持ち主に変えてしまったらしい。
 上蓋を取り外すと、その下から回転するリムが現れた。
 リムは2本で1対になっており、互いの凹凸を揃えることで次のネジが見える仕組みのようだ。
 リムのストッパーにドライバーをあてがい、止めるタイミングを計る。気息を整え……ストッパーを動かす。
 2本のリムは互いの凹凸がきれいに食い込んだ状態で止まった。そしてその下には思った通り次のネジがのぞいている。
 ドライバーのサイズを変えてそのネジを抜くと、リム部分がスライドした。
 スライド部分を抜いたその下には……またリムがある。しかも今度は先ほどより回転が速い。
 タイミングを見計らい、ストッパーを動かす。
 凹凸が揃わない。難易度が上がっている。当然と言えば当然だが、残り時間を考えるとのんびりもしていられない。
 もう一度チャレンジ。今度はうまくいった。小さなネジを外してスライド部分を抜く。
 ………またリムだ。回転速度はさらにアップしている。まるで私をせかすように。
 焦ってはならない。私は大きく息を吸うと、ストッパーにドライバーを当てた。
 1回目、失敗。
 2回目、失敗。
 3回目、もうちょっと。
 スズキちゃん頼むよ、と先輩の泣きが入る。
 黙ってて。気が散るから。
 そして4回目……何とかリムの凹凸が一致した。
 小さなネジを外してスライド。するとようやく爆弾本体が姿を現した。
 
 爆弾の本体。それは、タイマーと赤青二本のコードが繋がった小さな信管である。
 後はお約束として、この二本のうちどちらかのコードを切断すればタイマーは止まり、解体成功となるのだが……。
 どちらを切断するか。
 私は、大人の親指ほどのそれを慎重にひっくり返した。
 この爆弾はそもそも、爆発させることが目的で作られた訳ではない。どこかに必ず解体へのヒントが隠されている筈だ。
 そして、信管の底部にそれはあった。
 小さな、1センチ四方にも満たない小さな紙片が貼り付けられている。
 ルーペで覗くとこれまた細かな文字でこう書かれてあった。
 
情熱の花 私を 誘う
 
 昔に流行った歌の歌詞のようだ。情熱の花、がコードを選ぶヒントになっているらしい。
 情熱の花……じょうねつの、はな……。
 時間は刻々と迫っている。タイマーに表示された時間が残り1分を切った。
 迷う。どちらを切るべきか。
 他にヒントはない。封筒の中も、上蓋にも、外したリム部分にも。
「す、スズキちゃん」
 先輩が泣き声で催促する。お願いだから黙ってて。
 私は意を決し、ニッパーを選んだコードに当てた……。
 
 
 ずどおおぉぉぉぉぉぉぉぉん…………!!!
 
 
 轟音は、私が座っていた席の少し後ろから響いた。
 タイムアウトかダミーコードを切ったのか。
 誰かはわからないが、その人の夏期賞与と来月の給料は一部カットされることだろう。
 ……気の毒に。
 そして私の前には、残り7秒ほどで停止したタイマーと信管があった。
 
 情熱の花……「情熱」という花言葉を持つのは深紅のバラ、つまり赤が私を誘っているという意味であると解釈した私は最初、赤を切ろうとした。しかし、「誘い」という言葉が引っかかって急遽青に変更したのだが、それが正解だったようだ。
 やれやれ。最後は勘がが頼りだったが、なんとか「爆発コントのオチ」にならずにすんだようだ。
 私は大きく息を吐くと、解体した爆弾と封筒を先輩の方へ押しやった。
「終わりましたよ先輩。次からはご自分でお願いしますね」
「すまん。恩に着る。今度メシでも奢るよ。来月は自分で何とかするからさ」
 改めて深々と頭を下げる先輩。私は椅子から立ち上がった。この後友人と会う約束をしているのだ。
「期待してますからね。佐々木先輩」
 それでもまた来月あたり、電話がかかるんだろうな……と思いつつ、食堂を、施設を後にする。
 外に出たあたりで、携帯を取り出し待ち合わせをしている友人にかけた。
 呼び出ししている間にも、時折豪快な爆発音が響く。また誰かが失敗したのだろう。
 と、友人がやっと出た。
「もしもし、あ、サトウ? うん私。今終わったんだ……」
 携帯でこれからの予定など打ち合わせしながら、ふと考える。
 かつて私につきまとっていたストーカー。次々と爆弾を送りつけてきたあいつの正体はもしかしたら……。
 証拠はない。ここで私が解体した爆弾と、かつて私が解体させられた爆弾の仕組みが「似ている」のも、単なる偶然の一致かも知れない。
 それに、仮にそうだとしても、今の私はあいつを恐れてなんかいない。
 何故なら私は、全て解体してのけたのだから。
 
 振り返り、「さんずおぶりばーてぃ」の建物を仰ぎ見て心の中で小さく呟いてみる。
 −−解体成功。
 
〈完〉

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